もち子が高校卒業留学を選んだわけ

留学準備

2026/3/5

こんばんは!さあいよいよ人生初のブログ書くぞーー!と年甲斐もなくワクワクしている母やい子です。みなさんいかがお過ごしですか。

いきなり泣き言で恐縮ですが、、ブログを書くのがこんなに大変だとは思いもしませんでした汗。退化し始めた脳みそに鞭打ちつつ、たまにGeminiというチートツールを使いながら、記事と共に成長していきたいと思いますので、のんびりまったりお付き合いください!

さて。なぜ進学先として海外の高校を選んだのか、です。ここが全てのスタート地点なので、ガツンと熱め長めに語りたいと思います(高校卒業留学とは、現地の高校に2年以上在籍して修了すること)

大いなるチャレンジ

卒業留学は軽い気持ちで選べる選択肢ではないです。

もち子は生まれてこのかた一家のアイドルだったので、いつも繋がっていた手を手放すという決断は、私と夫にとっても、とても勇気がいることでした。
高校生の時期は、思春期でとても多感な時。しかも将来の進路、人生をどう生きていくかを考える大切な時期ですよね。親元を離れて自分の意思で目的地を設定し、それを見失わないようにナビゲートしていけるのか。大丈夫!と自信を持って出国の日を迎えられる人は、ほぼいないと思います。
それこそ、朝起きれる?とかご飯ちゃんと食べるかな?といった生活習慣の心配から、英語力は足りるか?課題はちゃんと期日内に出せるのか?など学業面の心配。友達ができなかったらどうしよう?差別にあったら?危険な目にも遭うかもしれないしドラッグやタバコ・お酒の問題などなど、社会生活や安全面への不安。
そして忘れてはならない金銭面の負担。ズッシリ。ズシズシ。
というわけで、未成年が親元を離れていきなり独り立ちするわけですから、心配の種はつきることがありませんでした。
おまけに、子どもの不在、その寂しさと穴の大きさにしばらくは立ち直れないくらいのダメージを負う、というだめ押し付きです。

それでもなお、かわいい我が子に旅をさせてみよう、という決心は揺らぎませんでした。

(ただ、成功させられると確信があったわけではないので、大きな賭け、壮大な実験のような気持ちでした。本人が頑張っていても環境的に解決できない問題もあると思うし、まず一生懸命頑張ってみて、その上でどうしてもうまくいかなかったのなら戻ってまた別のやり方を考えよう!とどこかで余裕を持たせていたことが、もち子にとっても私たちにとっても安心材料になっていたのだと思います。

留学を選んだ理由

これに関しては、我が家の理由は2つあります。
ひとつは日本よりも学校制度が柔軟であること、そしてふたつめは、もち子のユニークな個性を伸ばしてくれる、多様化した環境が必要と感じたからです。


もち子は当時、3歳からはじめたダンスにはまり、過密な毎日を過ごしていました。小学校中学年ともなると、学校からそのまま教室に出かけ(合間に駅で夜ご飯のお弁当を渡す)、帰宅は連日10時かそれを過ぎることもしばしば。子供ながらブラックな生活を送っていたために、学業とのバランスを取るのに一苦労でした。
首都圏の中学受験の世界と比べたら、そういう生活は今や何も特別なことではないかもしれませんが、母は日本がバブルに湧いていた時代に田舎でのんびり育ったので、もち子にももっとゆっくりじっくり育って欲しい、育てたい、という思いがありました。


一方で、その思いが実を結んだのか?もち子はとてものほほんとしたマイペースな子に育ちましたが、自分の興味の世界に没頭するところがあり、結果的に、同質さを重んじる子どもの世界になかなかしっくり溶け込めず、学校で苦労するようになりました。明らかないじめなどがあったわけではないのですが、クラスルームという小さな世界に居場所を固定されてしまう日本の学校システムは、残念ながらもち子には良い影響をもたらしませんでした。
笑うこと楽しいことが大好きだったのが、だんだん笑顔が小さくなり、周りの反応を気にして自信を失っていく姿を見るのは、親としてもとても辛いことでした。もち子の本来の良さは、ここでは生かされない。このまま自分を表現することなく萎縮していったら、人間としての大切な基礎を失うばかりか、それをこの先取り戻せたとしても、とても長い時間がかかるだろうと思いました。マイナスからやり直すわけですから。

もち子の笑顔と自信は、どうしたら取り戻せるか。どうしたらやりたい事をを諦めずに、子供らしいペースで進めさせてあげられるか。その解決策に留学を考え始めたのが、小学校4年の頃のことでした。
私自身、高校の時アメリカに交換留学をした経験があったので、海外の学校はもち子にとても向いているだろうと思っていましたが、卒業を目指すとなると、一年で帰国する交換留学とは全く重みが違います。それでも、留学エージェントの説明会や大使館主催の留学フェアに出向いて情報を集めはじめると、学校の教育内容の多様性、選択肢の多さ、環境の良さ、そういった点が改めて素晴らしいと感じ、もち子がそこで生き生きと頑張っている姿が目に浮かび、留学がぐんと現実味を帯びてきました。

もち子一家にとってとても幸運なことに、ごく近しい中にお子さんを高校卒業留学に送り出していた先輩ママさんがおられたので、留学のイロハを実体験を交えて細々とお話を伺い、たくさん相談に乗っていただく事ができたことも大きかったです。そこで得られた情報とアドバイスが後押ししてくれたおかげで、さらにもち子自身も数年のうちに心身ともに大きく成長したことで、最終的に6年に上がる頃に、本人ともども卒業留学を決心する事ができました。

カナダしか勝たん

我が家はカナダを留学先に選びました(実はこの頃コロナが猛威をふるっていて、多くの国が国境を閉ざしていました。候補のうち留学生を受け入れていたのがカナダだけだったので選択肢がそもそもなかったのですが、初めからカナダが良さそうだねと話していたので、我が家にとってはこれも幸いでした)
理由は、①治安の良さ(アメリカに比べて笑)②英語の発音がとても聞き取りやすく綺麗であること、③費用、④プログラムの豊富さ
です。

中でも④のプログラムの豊富さ、のところがもち子一家にはとても刺さりました。
何しろ普通の公立校なのに、学校それぞれに特色あるプログラムが用意されていて、校内に車の整備工場並みの施設があって整備士の技術を学べたり、プロが使うような大きな工具を扱って木工を学んだり、はたまたパソコンがずらりと並ぶITルームで最先端のコンピューターサイエンスを学べたりと、勉強を頑張りたい生徒も、高校である程度の職業技術を学びたい生徒も、広大なフィールドで運動を頑張りたい生徒も、どのような要望にもほぼ応えられる、そんなバラエティ溢れる選択科目が用意されているのです。また施設、設備も日本の私立かそれを凌ぐほどに充実しており、敷地が広いこともあってとにかく魅力的な環境です。

もち子はダンスを学校と並行して続けるつもりだったので、ダンスのアカデミーがある学校を選びました。アカデミーというのは、サッカーやラクロス、ダンスなど、あるフィールドに特化して頑張っている生徒に向けた特別なプログラムで、午前中は学校の授業、午後はそれぞれの分野の練習に打ち込む事ができ、その時間を単位として認めてくれるという、もちこにとっては夢のような選択肢でした。


これで、大好きなダンスと学校を、余裕のある範囲で続ける事ができる。チャレンジしがいのある素晴らしい環境で、言語のハンデはありつつも、夢に向かって頑張るもち子の姿が目に浮かびました。多様性の国カナダで、きっと安心して自己表現できる居場所を見つけられる。そんな願いと覚悟を持って、もち子と一緒に、親も覚悟を決めたのでした。

3年間をふりかえって

涙の別れから3年。時はあっという間に経ち、このブログを書いている時点でもち子は12年生(最終学年)の2学期を終えようというところまで来ました。
この3年間のあれやこれやのドタバタを、今後ゆっくり記事にしていこうと思いますので、ぜひこれからも、もち子の旅をご一緒にお楽しみください!

さて。ジャジャン。
結果的にもち子のカナダ留学は、だいだいだいだい大正解!!!でした。

色々なわけあって、結局当初の目的だったダンスのアカデミーには参加しませんでした。それでも普通の高校生のカリキュラムで十分にダンスも頑張ることができ、そこで多くの友人を得て、かつ勉強も留学生としては(そして我が家の尺度では)花丸の成績を残してこれました。そして大学進学を目前にして、今は新たな情熱を見つけて、その分野で頑張っています。

語学と課題で時に泣きながら、なんとか生き延びた1年目。友達が増えて英語力もつき、どんどん楽しくなっていった2年目。そして最終学年の現在は、いくつかの大学から入学オファーをもらい、おまけに彼氏もできて、留学生活の総決算の日々を謳歌しているところです。それはひとえに、もち子を支えてくださるエージェントの方々、学校の友達、先生の存在があったから、そして何よりも弱音を吐きつつも勇敢に頑張り続けた、もち子の努力があったからに他なりません。

留学してホントに良かった。カナダに来て良かった。この学校で良かった!ありがとう!ときらきらの笑顔で言ってくれた時は、親としてこんなに誇らしく、嬉しいことはなかったです。あの時、可愛い子だからこそ手を離そう、この子の未来のために今は旅に出そうと、決心して良かった。親としてしてあげられた事の中で間違いなく1番価値があった、そう自信を持って伝えられる、この貴重な3年間でした。

いかがだったでしょうか。もしこれを読んでくださっている中に、もち子と同じような理由で留学を考えている生徒さん、またその親御さんがいらっしゃったら、少しでも勇気を与えられるような内容になっていたら幸いです。
小学校から中学校の時期、灯の消えたような顔をして学校に行っていたもち子。下校で迎えにいったら遠目からも泣いているのが分かって、胸を引き裂かれる思いだった、あの頃。戻れるなら、絶対に伝えたい。

大丈夫!こんな素晴らしい未来が待ってるんだよ!少し勇気がいるけれど、必ずまた笑顔になれるからね!と。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう!!

感謝を込めて
やい子

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